選択の化学

たまたまネットを見ていて見つけた書籍。

今日届いたばかりなので、これから読みふけますが…。私の意識改革になるか?

先日、

『おたくは、0が100かしかないからね、・・・・・・・グダグダグダ』

と言われてイラっと…。
でも、喧嘩しても仕方ない相手なので、なにも言い返しませんでしたが、

いい か 悪い か 好き か 嫌い か

で物事を人間は判断していっていると思っています。

そして、自分が意図しない方向だったにせよ、意図した方向だったにせよ、最終的な結論・結果がいつか出てくるものだと思っています。自分の行動でどのようなことが起きるか?は推測はできても、結果や結論はわからない事なので。

まあ、
0か100しかないなんて、ひどい言いようだったので、ストレスを発散するため書くことにしました。

●無人島にあなたは漂着しました。●

選択1

生きるか死ぬかの状況。
生きるためにはサバイバルをして、見つけてもらえるSOSサインを出し続ける。
死を意識してしまい、その時点で全てを放棄して、朽ち果てるを事選ぶ。

後者の『死を意識』を選んだとしましょう。

選択2

死を意識したあなたの前に、腐ったリンゴが1つあったとします。食べたら死ねるかもしれません。


どう選択するか…。食べて死ぬか、食べずに死ぬか。

実は、『可能性』も存在しています。その『可能性』の選択もいいか、悪いかで判断していくしかないんですよね。死を意識していても、このリンゴを食べれば死ねると思う選択の可能性があります。そのため…

腐ったリンゴを食べたとして、満足感を得ながらも、胃腸を壊して脱水症状を起こしてしまい、苦しい死を近づけてしまうこともある。
でも食べたことで逆に生き延びる可能性もある。その場合、選択1にまた戻る。わずかながらの希望を持っている『可能性』が存在している。生きるためのサバイバルをしている状況だと考えられます。

でも逆に、食べずに何も起きず、全てを放棄した場合、前者よりも死に近づくか?と言ったら、近づくか遠ざかるかということもなく、もう最初から選択1で死を意識しているので何も変わらず、自分自身にとっての『可能性』は存在していない。他者に委ねて見つけてもらえれば、生きる可能性は0ではなくなると思いますが…。

重苦しい話題でスミマセン。
0でも100でもない自分の選択によってどんなことが起きるか?意思決定によって、結果や結論の”予測・推測”はできますが、結論・結果そのものはカオス。0.1%の可能性もあるものなんですよね。
カオスの中で人は、『いい 悪い』 ・ 『好き 嫌い』の選択を人はしているのでは?というのが私の結論です。

その先方も、自分自身も選択して生きていることを理解されていないわけで、相手に対して配慮の足りない言葉。
プライベートでも仕事でもそうですが、最高の利益を得るために人はどう行動をとるか?だと思うのですが、それも、最終的にYes or Noですよね。Noを選んだことによって利益を得られることもあることを知っていれば、0か100という言葉にはならなかったでしょう。

私は言われて嫌だったことを吐き出したのでスッキリしました。

新たな本に出合って、また別の意識改革されるかもしれませんけどね。www